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火曜日 2月 7th 2012

クロスロード作戦

 クロスロード作戦 (Operations Crossroads)

 マーシャル諸島(ビキニ環礁(ビキニかんしょう)で最初の実施通告核実験(クロスロード作戦)シティーライフ(CityLife)資料

 1946年夏にアメリカ合衆国が行った二回の核爆発実験のこという

核爆弾は、爆撃機から投下したものと海中設置で爆発させたものと二つ有る。
空中爆発させたほうは「エーブル(ABLE)」と呼ばれ 7月1日に高度158mで、海中設置のものは「ベーカー(BAKER)」と呼び、7月25日に水深27mで核爆発実験を行った。
 3番目として「チャーリー(CHARLIE)」を予定していたが、先行しておこなわれた実験の放射能測定値が、予想を激しく上回ったため中止となった。

この実験は、艦船、機器、各種物質への核兵器の破壊力を検証することだった。
 約70隻の艦艇が標的としてビキニ諸島に集められた。
標的艦は、米国海軍 老朽艦(巡洋艦・駆逐艦・潜水艦・補助艦)、日本から戦艦長門やドイツの重巡プリンツ・オイゲンなど接収艦から構成。
生きている実験用動物も使用された。

 標的艦の配置がわかる
 Operations Crossroads Underway, 1946/07/01 (1946)

エーブル(ABLE)
投下された核爆弾の位置が風に流されおよそ500mほどずれた

 核爆発によって生じた放射線は一時的なもので、沈没せずに残った艦は再び安全に乗艦することができた。

一回目の実験に向けた様子がよくわかる
First Pics. Atomic Blast! 1946/07/08 (1946)

ベーカー(BAKER)
 この実験で8隻の艦艇が沈没、残った艦艇も最初と比べて大きな損傷を受けた。
水中核爆発は、放射能を帯びた水を浴び、係留されていた艦は激しく放射能に汚染された。

Nuclear Blast – Operation Crossroads – Baker Event 1946

戦艦長門の最期

1945年8月30日にアメリカ軍に接収された長門は、1946年7月1日の第一実験では戦艦ネバダが中心におかれ、長門は爆心予定地から400mのところに配置された。
実験後、長門は、爆心地方向の装甲表面が溶けたが運行可能な状態だった。
7月25日の第二実験 水中核爆発では爆心地から900-1000mの距離、右舷側に約5度傾いた。4日後の7月29日の朝、原爆実験の関係者によると長門の浮かぶ位置に姿は海上にはなかった。
7月28日深夜から29日未明にかけて沈没したとされている。

 長門沈没地点はダイビングスポットとして 観光名所になっている。
実験後数日浮かんでいたこと形が残っているのは長門だけなのは 国内戦後世代には良く知られている。