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火曜日 2月 7th 2012

トルコ友好に影 柏崎”像”処遇国際問題に

トルコ建国の父像の扱いで トルコ友好を裏切らないで

 「『噂の!東京マガジン』噂の現場」(2009年5月24日放送)で大変心痛む話を 放送していた。
新潟県柏崎市の閉鎖した テーマパーク「柏崎トルコ文化村」に、親日国のトルコ政府から寄贈された建国の父である大統領の銅像の行き先が、パーク破綻後、問題化。その銅像の周辺を取材していた。

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署名サイトから引用

トルコ建国の父とは、ケマル・アタチュルク初代大統領(1881~1938年)のことで この銅像が見るも無残な扱いを 受けている。
トルコ共和国国民であれば誰でも知っている 偉人。同放送の取材によれば在日トルコ人宅に肖像が飾られているほど 敬われている偉大な人物。いくら銅像とはいえ トルコの文化相から正式に授与された彼らの誇りが 心無い扱いをされているのだからたまらない。
反日感情が高まるのも 無理も無いと思います。私たちの敬愛する人物が同じ扱いを受けたら同じ思いを持つのではないでしょうか。

 無礼な扱いだけでなく 最近誰も見ていないと地元の人が言っているのだから 穏やかではない 
新潟県柏崎市に建っていたトルコ建国の父、ケマル・アタチュルク初代大統領(1881~1938年)の銅像(高さ5メートル)が横倒しにされ 放置された後、行方が分からなくなっているとのこと。

 トルコから寄贈され、テーマパーク「柏崎トルコ文化村」(閉園)にあったもので、親日国の英雄への“冷遇”に、友好団体や市民からは「非礼だ」との声が上がっている。

トルコのメジャー新聞記事
Atatürk heykeli Japonya’yı karıştırdı

http://www.haberturk.com/haber.asp?id=39541&cat=200&dt=2007/10/09

Google翻訳で トルコ語を和訳してみると

日本でのアタチュルク像めぐる混乱
新潟地震でアタチュルク像を早く、移動していた。

2007年9月10日16:58
日本の新潟市内で地震、アタチュルク像の横に横たわっていた。地震の救助活動は、像の斜体で、パニック状況では忘れされています。日本のジャーナリストなので、日本政府の姿勢は、 “アタチュルク像、ニュースで”人”このアタチュルクに失礼”との反応には含まれている日本語の新聞の写真を批判するのを忘れる。
アンカラの日本大使館の説明に関連する昨日の出来事だった。は、政府に速いアタチュルク像については、同市長が指定し、状態をどのように照明のようなものを指摘している: ” Niiagata中越地震は、リンクのボルトが破損とのアタチュルク像台座。彫刻がドロップした場合には、ベースを離れるの懸念との隣にあります。彫刻オイル入金壊れた削除することができますがあるが確実に人々の生活のは、柏崎市の救助活動のままにされて優先権を与える意図はないにしていた。 “大使館、 Atatürk’ün 、愛しのリーダーとして尊敬は’小さいと強調してくださいという意味の侮辱である。

どうして こんなことになるまで 放置されているのだろうか
2007年の産経新聞の記事に いきさつが詳しく書かれている。
概要をまとめると

 柏崎市とトルコに歴史的な縁はいが、新潟中央銀行(経営破綻)の融資で8年、柏崎トルコ文化村が開園。開園式にトルコの文化相が出席、アタチュルク像が寄贈された。文化村は経営が破綻し13年に休業。14年に市が買い取り、運営会社を設立して再開したが、新潟県中越地震の影響で17年、再び閉園。
 市は譲渡先を公募し、ホテルや結婚式場も手がける同県上越市のプラスチック製品製造会社「ウェステックエナジー」に昨年7月、譲渡。契約書では「トルコとの友好関係に十分配慮するとともに、アタチュルク像の今後の取り扱いは十分、市と協議する」と明記されていた。
 同社は今年6月、施設を改修して結婚式場をオープン。像はそのまま展示してきたが、7月16日の新潟県中越沖地震で「像が傾き、倒壊する恐れがあった」との理由で、5日後に像を台座から外し、トルコの偉人像を野ざらしで放置。ブルーシートをかぶせた後、どこかに移動させた。

署名サイトから引用

署名サイトから引用

 ウェステックエナジー社の飛田尚芳社長は「いつまでもトルコのことを言われるのは正直、迷惑な話。市が移転するなど至急対処してほしい」と市長あてに通告書を突きつけたが、会田洋市長は「想定外。市の物ではないので、市が補修したり買い取ることはない」との対応に終始している。

 トルコは中東で屈指の親日国だと 私たちも知っているが 彼らがなぜ日本を良く思っているのかというと

 明治23年、トルコの使節650人余りを載せた軍艦エルトゥールル号が和歌山県沖で沈没。地元住民が総出で生存者69人を献身的に介抱し、犠牲者の遺体を捜索し手厚く弔ったことをいまだに語り継いでくれている。
 アタチュルクは明治維新を国造りの手本とし、ロシアの南下政策に苦しんでいたトルコ国民は日露戦争での日本の勝利を喜んだ。

 アタチュルク像をめぐる一連の対応について、柏崎トルコ友好協会の仁木賢理事長は「寄贈されたものをあんな状態で放置するとは。エルトゥールル号の遭難以来、115年を超える信頼関係を裏切る行為だ」と穏やかではないことを 産経新聞が報じている。

 屈指の親日国、トルコ共和国の親日感情が悪化しているのをしり 日本の有志が立ち上がっている。トルコから新潟県柏崎市のテーマパークに寄贈された建国の父、ムスタファ・ケマル・アタチュルク初代大統領の銅像の行き先がテーマパーク破綻(はたん)をきっかけに決まらない問題がトルコ国民の親日感情に影響しているとみて、ネット上で署名活動を始めている。

 署名活動を始めたのは「ムスタファ・ケマル像を移転する会」。
 この会の代表者が 英BBC放送の調査で、世界有数の親日国トルコの対日感情が年々悪化し、今年は「肯定的30%、否定的47%」と大きく逆転しているのを知った。その原因を調べるうちに、アタチュルク像問題をしったようで 柏崎市などに電話して問題の背景を知り「自分たちにできることから始めよう」とネット上に経緯をまとめたサイトを立ち上げ、署名活動を始めている。

 像の移転先に挙がっているのが和歌山県串本町だ。明治23年、遭難した軍艦エルトゥールル号の乗組員を住民総出で救助したのが縁で、串本町はトルコと100年以上にわたり交流を続けている。遭難から120周年を迎え、「トルコにおける日本年」も開かれる。昨年3月にはトルコ大使館が「像の移設費用は負担するので、土地を提供してほしい」と町に要請し、町議会は全会一致で賛成したが、「裁判の結果が出ないことには動けない」(町総務課)のが現状だ。
 事態打開に向け、目標の署名を集めて会田市長とウェステックエナジー社、外務省に提出する予定。署名目標数は1万人で、5日現在で2200人を超えた。
 自身の立場にこだわらず「ケマル・アタチュルク初代大統領」像をトルコ大使館に引き渡すなど分別の有る行動を シティーライフ(CityLife)は望みます

署名サイトURL
旧トルコ文化村内のムスタファ・ケマル像を当事者間の裁判から切り離し、問題の早期解決を求める要望書

http://www.shomei.tv/project-932.html

トルコから寄贈され、野ざらしになっていた 『友好の銅像』をなんとかしたい

http://www19.atwiki.jp/torco/pages/1.html

出典

噂の!東京マガジン
噂の現場

http://www.tbs.co.jp/uwasa/20090524/genba.html

トルコ建国の父像横倒し 柏崎の文化村跡地
2007.9.30 16:43

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/

070930/trd0709301643010-n1.htm

「トルコ建国の父」救え 銅像の寄贈先破綻…「友好危機」ネットで署名活動 (1/2ページ)
2009.5.6 01:53

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090506/trd0905060153000-n1.htm