『 わおッ! 』コラム。
退屈凌ぎ
知り合いから、今朝かわいがっていた金魚が死んでしまってとても悲しいのだと言われた。
みんなどうしようもなく困っていたけれど、
「金魚って大きくなったらコイになるのですか?」と言ってあげた。
なる訳ないじゃんと言われたけれど、
「めちゃ大きな金魚いますよね」と聞くと、
大きなやつがおるという話になって、
「お前かしこいなぁ」と言われた。
「まじめだなぁ」とも言われた。
結婚相手を捜してあげようか?とも言われた。
それはなぜって、金魚がコイになるっておかしなこと言ってるかなぁ。
コイじゃないのだろう、いまいちがわからなくなってしまいます。
最近はいろんなことを言われるけれども、
経費の削減策だとか提出してほしいと言われるけれど、
意見は通せるけれどある意味みんなが保守的だ。
こういう時のすすみにくさというのはちょっと勉強になる。
アイデアはあいかわらず適当に「いつでもできるからね」とかと逃げておく。
そうするうちに、保守的だった人もしてくれるようになってくる。
あとは、そんなことを自分が考えていたかどうかということも忘れて、
適当に家で遊んでおく。
今も昔も、いろんな人は大変なんだなぁ。
もういろんなことで全然悩まないなぁ。
人の苦しみが抜けているのだろうか?
それがちょっとわかんない。
南海春菜









